In the Air, We=I live.

狙うは超文法 与える興奮を 教訓を説く前にNo look own

ヒトノシ

一昨日の夕方、お世話になった方の訃報を受け、昨晩から急遽実家に帰省していました。

知らせを受けた直後は整理がつかず、何とも言えない状態でしたが、本日告別式に参列させて頂いて、現実を目の当たりにし、その人の「死」が現実として突きつけられました。

先日誕生日を迎えられた際、依頼されてビデオメッセージを送ってからそう日がなかったので、悲しみよりも驚きの方が大きかったです。

 

心よりご冥福をお祈りします。

 

というところまでが昨日今日の事実の羅列。

僕が高校卒業と同時に地元を離れ、彦根に来てから、比較的若くして亡くなられた方が4人いらっしゃいます。4人。多い少ないという話ではなく、やはり他人はいつか死ぬ。

僕が初めて死と向き合ったのは幼稚園の頃。なんとなく、父方の祖父の死を想像した時、彼の姿は写真で残るが、彼の声は残らない、それは寂しい。録音しなければいけない。実際に録音はしていませんが、こういったことを考えたことは覚えています。父方の祖父はまだ元気です。

次は母方の祖父が亡くなった際。高校1年生、4月。告別式を終えた後、清めの塩を与えられたことにえげつないレベルの反感を覚え、泣きじゃくった。祖父の死は穢れたものなのか、忌むべきものなのか。とか。

 

ゴメイフクというよくわからないものを祈る機会というよりは、残された我々というより僕が、如何に生きるかを再考する灯を灯す機会。ヒトノシで火灯モス。

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訃報を受け悲しい気持ちも勿論のことあったが、宣告された余命の7倍生きていらっしゃったという事実に救われた。彼の分まで頑張るとか、他人の生を背負って生きられるほど僕のキャパシティは大きくはないけれども、少なくともこの二日間は彼のことで頭がいっぱいだった。それでいいんじゃないか。

 

 

世界平和だれがやんねん

 

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