In the Air, We=I live.

常に狙うは超文法 故に与える興奮を 癖になる程標準語 プレイするのは脳運動 

ハイテクな愛別、巻いてるのはジョイントと好意

一つ前の記事が9月4日だったので、もう1ヶ月以上書いてないことになる。

思い返すとまともに休んでない気がしていて、今日は久しぶりに予定のない休日だった。

9月初めの方は夏休みで帰省していた。引くほど金使った記憶しかないが、まぁそんな感じ。最近は基本的に土曜日も半日ちょい出勤している。色々あって回ってないのだ。

そんな感じで土日のうち1日は出勤、1日は人と会う、みたいな生活を続けていると、MPがゴリゴリ消費されていくのがわかる。楽しいんだけどね、もともとそんな話す方じゃないのに、仕事で話しっぱなしなので、週に1日は誰とも会わずにいたい。

先週のいざこざ(詳細はTwitterにて)もあってか、そこそこ「キテ」いる。原因はわかっている。振られたのと、仕事がやばいのと、急に寒くなったからだ。今年の年末年始も帰省できないことが分かりきっていて、もう色々とヤバい。

最近自分にかつてあったかもしれない「面白み」みたいなものがなくなっていることに気づいた。これを取り戻すこと、そこから再起動。

 

金曜の夜から渋谷でILL CORNERを見てきた。呂布カルマを楽しみに行ったわけだけど、思いの外全員よかった。覚えてるのは椿、唾奇、BUPPON、ZAO、スナフキン

特にBUPPONのバイブスと、椿の「東京はお前を殺しはしない」にやられた。

youtu.be

 

最近「TOKYO」ってのは一つのゲームなんだと思えてきた。

地元が東京圏って人にとってはそんなことないんだと思うけど、地方からの「上京者」にとって、やはり東京は異質に見える。そもそも、上京って言葉が嫌いだ。土地に上も下もないだろう、と思う。

TOKYOで特に意識されるのが競争で、学歴、年収、家柄、などなど、比較できるものは総てその対象となる。TOKYOにおいては、誰しもその性質を頭では理解していながら、独自性にしがみ付く。TOKYOにおける敗北とは、死、もしくは何かしらの分野に於いて結果を残さず地元に帰ることを指す。裏返すと、東京に住む限り、TOKYOは強制的に参加させられる。

まぁ、適当に書いて見たけど、数値化される評価軸に対する意識の割き様とか、そういうのが地方と比べて強いってことが言いたい。ここでオリジナリティを貫くのは、なかなか出来ることではない。

別にTOKYOってものを意識しなければ、便利で住みよい街なんだけど、競争社会としての一面を意識した時、敵っぽい感じのやつが増える。すごいステレオタイプなんだけど、広い意味で多様性を許容する反面、許容していない場所・コミュニティにおける排他意識がバグってる、みたいな。

こう思う背景に、実害を受けた経験があるわけではなく、なんとなくな空気感からそう考えるようになったし、就職と同時に東京に来たから、ってのもあるんだろうけども。

 

いつも通りまとまっていないけど、しばらくは仕事に集中します。

11月か半ば過ぎると多少は楽になることを信じて。

PUNPEEのアルバム聞いて寝ます。お休みTOKYO。僕の睡眠は誰にも邪魔させない。

 

MODERN TIMES

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