In the Air, We=I live.

狙うは超文法 与える興奮を 教訓を説く前にNo look own

慟哭・ファクトリィ

就職活動をやらない理由にするのは辞めよう。

まだ内定は出ていませんが、感触的なものは掴めつつあって。

俺のために、社会人のすごいひとが時間を割いてくれている、ということに対して非常に重みを感じるというか。これは先日受けた企業の一次面接で取締役が出てきたことがあって、そこで掴んだ考えなのだけれど。時間を割いてくれている、という視点で考えると、このブログを読んでくれている人の時間を奪っているということにも目を向けて、面白みのある記事を書ければなぁ、とは思いますが、コンテンツ力に関しては多忙であることも相まって、もともとなかったものが更にない、という状況です。Twitterも全然見なくなったし。まぁそれでもたまには書こう。たまには。

 

最近ギャンブルで少しばかり纏まったお金が入ったので、財布とネクタイを買いました。タバコはラッキーストライクからアメリカンスピリット(ターコイズ)へ。

楽天でスニーカーケアのセット、AF1も買いました。

就活で大阪や東京に行く機会が多く、服飾品を買う「機会」自体は大幅に増加しましたが、反比例して可処分所得が減少しているため、かなーりつらい思いをしています。

 

最近考えているのは「思想と現実の乖離」ということでして、僕自身高校時代に一度考えていたテーマではあるのですが、就職活動を気に再燃しました。考えることは非常に楽しいことですが、それを現実のソリューションに反映するとなると話は別で。違う言い方をすれば、「可能性」という言葉でとどめておくことは非常に気持ちのよいことではあるのですが、働くということ、僕の言葉で「投げてみる」ということは、その「可能性」に確固たる「色」をつけることであり、その「色」の副次的な要因に「結果」というものがある、と言えます。そして(フィジカルの世界では)何事にも「投げてみないとわからない」という要因があり、現在僕を楽しませているものの一つです。そしてその「投げる」という行為には、多かれ少なかれプレッシャーめいたものが伴うと僕は思っていて。そしてそのプレッシャーこそがフィジカルの世界での「面白い」ということに繋がるのかなとも思います。プレッシャー・ジャンキィ。リスクを負うことに対するリターンが不可視であるケースの方が圧倒的に多い、という話。

プレッシャア・ジャンキィ

僕はマゾヒスティックな側面が強い(剣道やってる奴はドSかドMしかいない)ので、自分に過度なプレッシャーがかかると勃起します。(いいスニーカーを見つけた時も勃起します。)その経験は思い起こせば存外と多く、それは僕にとっての「しあわせ」の一つの形です。プレッシャーは、その人の裁量の大きさに比例して大きくなる。そして僕は、ぼくの上に人がいることを許容出来ない。と言うのは強がりかもしれませんが、その姿勢は常にある。自分、つまり「僕」という存在も、全人類で「ぼく」が最も支配可能領域の多いものに過ぎず、その支配可能領域を「世界」その安寧が「世界平和」なのかな、と思うこともありますが、実際の所は怪しい。エル・ディアブロチックなところはあります。まぁ何が言いたいって何も言いたくはないのですが、まとめとしておいておくと後々笑えるので置いておきます。

 

全人類に幸あれ。

 

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