In the Air, We=I live.

狙うは超文法 与える興奮を 教訓を説く前にNo look own

HIGHLAND PARK 12years

誕生日に同期からもらったハイランドパーク12年、処女奪いましたがやっぱ美味しい。

バランスがとれてますよね。

 

それはそうとて、福井県での合宿も終わり、どうってことない日常を楽しんでおります。うれしかったのは無勉強で2年ぶりに受けたTOEICのスコアが100点くらい上がっていたことですかね。まだまだ低いですが。

 

合宿中、森博嗣著「実験的経験」を読んでいました。面白いんですがどこか要を得ない感じがこれまた乙なものです。読書感想文は苦手なのでお薦めだけしておきます。

 

Δ「不完全な質問」Δ

あなたは誰ですか、という問いに「正確な」答えを与えられる人はそう多くない、否、いないのではないかな、と思います。この問いに対する回答として、まず被質問者の戸籍上の氏名を挙げる人は多いと思いますが、別に質問者は被質問者の氏名が聞きたいわけではなく、「あなたがだれであるのか」を訊きたいわけです。そういわれると被質問者さん、困ってしまいますよね。でも大丈夫、被質問者さんは敗北したわけではありません。なぜなら、質問者と被質問者の勝敗について決定するとすれば、質問者は「あなたは誰ですか」という質問を投じた時点で、質問者の「敗北」は決定的なものだからです。それは「あなたは誰ですか」の質問の不完全性、といいますか、それは答えの用意された質問ではなく、問いかけ、引き金に近いものである、ということが理由です。

英語についていうと" What's your name?"に対する答えは想定可能ですが、"Who are you?"になると威嚇に近い文言になる、という感じですね。

さらに言うと「あなたは誰ですか」という質問に正確な答えを用意できないと、質問者に何らかの不利益、問題が生じるケース、というのも想像に難い。

 

広義のコミュニケーションに於ける、受け手(受信者)の話し手(発信者)に対するプライオリティに関しては「いじめだと思ったらいじめ」的な、直観的根拠を提示できます。また、その優位に対して発信者は「嘘」を用いて対抗する、という構図は比較的当然なものとしてありますが、質問者と被質問者に関しては、表面上その立場が逆転してしまいがちな気はします。

暴力的なぞなぞ。

Ⅰ.

Aさん「パンはパンでも食べられないパンはなーんだ?」

Bさん「フライパン?」

Aさん「残念!答えはパンダでした~」

 

Ⅱ.

Aさん「パンはパンでも食べられないパンはなーんだ?」

Bさん「パンダ?」

Aさん「残念!答えはフライパンでした~」

 

まぁかなり極端な例ではありますが、この例においてAさんの優位性は絶対的なものとして君臨しています。

 

ある意味では答えありきの質問、答えのありえない質問、というのも嘘と並んで,

受信者の、発信者に対する優位性に対抗するツールとして、表面上存在しているのかもしれません。いまひとつ練られていないので、超絶的発展途上の糞阿呆学生の戯言だと思ってください。なんかごめんなさい。

 

そのうえで、「あなたはだれですか」のような原始的、直観的な、世界に対する「疑問」を紐解いて、多角的にアプローチを掛けていくために、哲学と呼ばれる学問領域はあるような気がします。

 

そんなことはさておき、今秋の連ドラ「すべてがFになる」楽しみですよね。

S&Mシリーズ、内容忘れちゃったし再読ありだな。

 

さっき東北大学大学院経済学研究科会計専門職専攻もいいなぁと思い、過去問コピーしました。うはははは。

 

Δ

 

実験的経験 Experimental experience (講談社文庫)
 

 

 

すべてがFになる THE PERFECT INSIDER (講談社文庫)

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