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In the Air, We=I live.

狙うは超文法 与える興奮を 教訓を説く前にNo look own

お世話になっております。ちゃるおれです。

「お世話になっております」

この文言を嫌という程書き始めて、早くも9ヶ月が経った。

就職当時、まぁ半年持てばいい方だろうと高をくくってはいたが、謎に9ヶ月が経った。早いなぁ。どうでもいいんだけど、さっき買ってきたmacbook proのキーボードに慣れてなさすぎて打ち辛い。

 

年末は30〜31が夜勤だったため、昨日は口迫みて即就寝。今日は昼まで寝て、ご飯食べて、夕方まで寝て、秋葉原にこいつを買いに。明日が出勤の可能性があったので帰省はしてません。ことごとく実家帰らないぼく。

1月末に帰ろうと思ってます。まぁそれはそうとして。

 

昨年を振り返るタイミングを逃しましたが、まぁ新卒1年目に相応しいキツさだったなぁというのが正直なところで。研修時代はコードかけなさすぎだったし、アサインされてからはミスりまくってストレスから高熱を出し、38度ある状態で1週間出勤してマイルストンで転ける、というアホなことをやってたり。ずっと関西にいて、急に大都会に出てきたり、直近だと◯ムウェイのパーティ呼ばれたり、と挙げると切りがないくらいにはいろいろあった。僕はそういった「キツい」ことを軸にしか人生を語れない人種の人間なので、すげー不幸な印象にはなるけど、それなりに楽しくはできています。東京の知り合いも増えたし、仕事もなんとなーくではあるけど基本動作は身に付きつつある感じはある。10月にはプレゼンやって社長賞ももらったし。

とりあえず年は越しましたね。何かが決定的に変わる訳ではないけれど、2017年という今までと同じはずの1年間に過度な期待を寄せることを許されるこの三が日。ええやんけ、凡人が夢見て何が悪いんすか、的な。

 

Δ

LiteでTight 最高の解答

この半年、まぁ新卒で就職してからというもの、基本的に(自作業として)やってきたことがコピペ改変だけだったので、こうやって自分で好きなように文章を書いていい場で、自分がどういったことを書けば「良い」のかがわからなくなってきている。

仕事で文章を書くことはもちろん多くあるが、そのほとんどが「読み手」を想定した文章、つまりは「伝える」ことを目的に書かれるものであることは、賢明な皆様なら想像に難くはないはず。

つまりは恐れていた没個性的なことが完全に迫ってきている、というよりはすでに蝕んでいる訳で。どうしよう、みたいな。学生時代もそこそこ安易に「正解」を掴もうとする傾向にあったけど、それが進行していっているのが手に取るように分かる。

そんな中、ひょんなことから先日会社の創立記念パーティでプレゼンをする機会を得た、というより押し付けられた。社内TEDカンファレンス、という大それた催しの割には、参加者が少なかったそうな。仕事と土日は別案件的に走っている作業もあるのにパワポなんて作る暇あるかい、と、卒論のテーマだった「独我論」についての適当なゴミカス資料を作り、当日は缶ビール3本開けてからプレゼンに臨んだ。なぜかウケて社長賞を頂いた。会社の経費で〇万円使っていいよ、という素晴らしいものだった。

ここで重要なのは、生まれて初めて「自分の好きなこと」で金をもらうという経験をした、ということだ。もちろん食っていく、というレベルの話ではないことは分かっているけども。なんかこう、クルものがあった。今の時点ではこれ以上ではない。が、いい切っ掛けになりそうな出来事がありました、というお話。

 

気づいたら東京での生活も半年が経った。

消費する趣味のほうはそこそこやりつくしたというか、面白いのは面白いんだけど、圧倒的に"FUN"の要素が強い。手軽だし、少し金積めばそれなりに楽しめる。

ただ、「違う、そうじゃない」んだよ。まじで。

サッポロ黒ラベルのCMで山口一郎が言ってた、「難しいけど面白いことが~」みたいな話があって、ああ、なるほどな、みたいな。そういうことね、みたいな。

無料でできるスマホゲームが台頭し、無料で見られる動画はあり過ぎて一生かかっても見られない。流行りの音楽は数回画面をタップすれば買える。漫画も無料で読める時代になった。スマホを持つ前、僕の心を躍らせていたコンテンツたちは、消費されるだけのものに成り下がった。手軽であることはいいことだけど、そこに良さはない、みたいな話です。

ローン組んでMac Book Proでも導入しようか考え中。あとサンプラーも。どんな機材が必要なのかさえよくわかってないけど、とりあえずトラックメイクでも初めて見ようか、みたいな。

そのほかでは、東京でも剣道したり、先輩と朝まで飲んだり、少しずつ何かが進み始めている気はします。女っ気はまったくありません。何故だ、TOKYO。

東京はさぞ過ごしやすい場所なんだろうなぁ、と寒いとこから出てきましたが、ふつーに寒いです。なにこれ。

 

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ジョーダンの背番号

昨日23歳になりました。

素数の年齢は19以来、この次は29までないのでなかなか貴重ですね。

 

月曜なのでまぁまぁふつーに仕事でしたが、いろんな媒体を通して祝っていただきました。ありがとうございました。

 

毎年書いてるけど、少なくともここ5年くらいは、翌年の自分はいい意味でその前年の自分を裏切ってきたし、これからもそうやって生きたいと思います。

24歳の僕は、おそらく23歳の僕では想像も出来ないことをやっている、とは言えなくなったのが今年から。

アサイン先が変わることもないだろうし、担当テーマも増えはするが変わっていないだろうし。じゃあどこが変わるのか、ってまぁ言うところのプライベートはいっくらでも変わりようがあります。

というだけの話でした。

 

偉大なるマイケル・ジョーダンシグネチャである「ジョーダン」シリーズに勃起しなくなった時点で22歳の僕は死にました。

 

明後日休みだしオールスターとオーバーオール買おう。

 

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NIKE AIR RIFT ANNIVERSARY QS

3か月ぶりにスニーカー(サンダル)を買った。

ジョーダンに勃起しなくなった時点で僕は死んだのだけれど、自然とナイキ原宿店に足が動き、購入。

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昨年欲しかったけど完売早かったので、今年買えて嬉しいです。

ブリーズはかなり流通してたっすけど、メッシュ…的な。

靴下が特殊なの以外は気に入ってます。轟く夏感。

 

で、アサインされてから1か月が経ちました。

詳しい仕事内容は社外秘なので書けませんが、濃すぎて吐きそうな1か月でした。

仕事以外もなんか濃かった1か月でしたが、とりあえず関西の人間関係に縛られすぎてる自覚が芽生えたので、フラットな都民としての自覚をもって行動しようと思います。

東京来た意味よ。

 

そういう意味で、新しくなりたい。

 

にゃあ。

 

来週は夏休みなので関西に帰ります(矛盾はしてない)。

すごく地元民に会いたい、が、平日。

 

Δ

 

In the Air, We=I live. 0

例えば今自分が置かれている状況を客観的に把握するために書く文章。

例えば見られることを前提とした文章。

例えば、誰にも見られないことを前提とした文章。

例えば、この辛い現実から一時的であれ逃避するための文章。

例えば自分の好きなものを紹介する文章。

例えば、「文学は苦悩のみを、その源泉とする」という文字列。

例えば、自己紹介。

例えば、個人情報。

例えば、フリースタイル。

例えば、議論。

 

例えばこの現状を伝える。

例えば自分らしく生きることを体現する。

例えば、無尽蔵に湧き出る言葉を蓄積する。

例えば、好きなことを形にして生きる。

 

今週は配属先が決まり、働き始めました。

熱は出たし胃痛は収まらないし偏頭痛持ちにジョブチェンジした。

冗談じゃない忙殺が取り巻く四面楚歌。

機嫌どうですか?

自分らしく生きろという助言を頂いたので実行する。

僕の僕らしさは文章にしかない。

 

思えば、人と話すこと、考えることが好き、というビビるくらい曖昧な理由でコンサル業界に突っ込んでみたが、どんな仕事もある意味ではコンサルだし、どんな仕事も人と話し、考えるものなので、なんだこれ、みたいな。

 

にしても合う文章合わない文章があるのがつらい。心底気持ち悪い文章。ミネラルウォータみたいな文章。いろいろある。

 

あえて文法を活かさない文章を書いていきます。

 

Δ

 

 

vans/old skool pro

こちらを更新するのは久しぶりです。
本日大学の卒業が決まり、春から東京が確定しました。
とりあえず本題へ。

引っ越しもあるし物は増やさないとは決めていたのですが、私服で過ごすのもあと1ヶ月か....と思い購入。VANSのオールドスクールプロちゃんです。

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寝ぼけててあんまうまく撮れてません。
VANSは2足目で、昨年7月に原宿チャオパニックで買ったオーセンティック以来です。前々からオールドスクール欲しくて、偶に漁っていたのですが、2016SPで良さげなモデルが出たので購入。
並行輸入なのでボックスにダメージあるのもご愛嬌。日本でVANSのライセンス(?)はABCしか持ってないらしく、ABCのものは日本規格、輸入品はUSA規格になるそうで、違いはソールの巻く向き(日本規格が右巻き、USA規格が左巻き)、幅(日本規格の方が若干狭め)、ヒールパッチ、とまぁそこまで大きな違いがあるわけではありませんが、とりあえず違いはあるみたいです。あとはボックス?かな。
特徴かなと思うのは、プロモデルのため、インソールがクッション多めのもの(ULTRACUSH HD)、二重のトゥラバー
となかなか凝ってるなぁと。

にしても導入アイテムが黒基調ばっかなのが怖いっすね。ジョーダン8クロームも年末買ってるんですがまたレビューします。ITパスポートも取ったしあと20日間は勉強とは無縁の生活を送りたい....
あ、免許.......

Δ

ヒトノシ

一昨日の夕方、お世話になった方の訃報を受け、昨晩から急遽実家に帰省していました。

知らせを受けた直後は整理がつかず、何とも言えない状態でしたが、本日告別式に参列させて頂いて、現実を目の当たりにし、その人の「死」が現実として突きつけられました。

先日誕生日を迎えられた際、依頼されてビデオメッセージを送ってからそう日がなかったので、悲しみよりも驚きの方が大きかったです。

 

心よりご冥福をお祈りします。

 

というところまでが昨日今日の事実の羅列。

僕が高校卒業と同時に地元を離れ、彦根に来てから、比較的若くして亡くなられた方が4人いらっしゃいます。4人。多い少ないという話ではなく、やはり他人はいつか死ぬ。

僕が初めて死と向き合ったのは幼稚園の頃。なんとなく、父方の祖父の死を想像した時、彼の姿は写真で残るが、彼の声は残らない、それは寂しい。録音しなければいけない。実際に録音はしていませんが、こういったことを考えたことは覚えています。父方の祖父はまだ元気です。

次は母方の祖父が亡くなった際。高校1年生、4月。告別式を終えた後、清めの塩を与えられたことにえげつないレベルの反感を覚え、泣きじゃくった。祖父の死は穢れたものなのか、忌むべきものなのか。とか。

 

ゴメイフクというよくわからないものを祈る機会というよりは、残された我々というより僕が、如何に生きるかを再考する灯を灯す機会。ヒトノシで火灯モス。

Δ

訃報を受け悲しい気持ちも勿論のことあったが、宣告された余命の7倍生きていらっしゃったという事実に救われた。彼の分まで頑張るとか、他人の生を背負って生きられるほど僕のキャパシティは大きくはないけれども、少なくともこの二日間は彼のことで頭がいっぱいだった。それでいいんじゃないか。

 

 

世界平和だれがやんねん

 

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